公開日:2022年8月29日 | 最終更新日:2024年2月18日

NHKディレクターががんになって ー 学んだこと、患者として解決したこと

基本データ

絶体絶命”の状況を人はいかに生き得るのか。

突然の膵臓がん宣告、生きるための治療選択、届かぬ患者の声、死の恐怖。

患者となって初めて実感した〈いのち〉の問題を、赤裸々に真摯に哲学した「がん時代」、未来への提言。

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書名〈いのち〉とがん: 患者となって考えたこと
著者坂井律子(NHKディレクター)
出版社岩波書店; 岩波新書
発売日2019年2月21日
  • 患者氏名:坂井律子(1960年頃生まれ)
  • 種類:膵臓がん
  • 発症年齢:56歳頃
  • 病歴概要:2016年5月中旬、胃が下から突き上げられるような激痛。近くの内科で「逆流食道炎」と診断。会社の診療所で超音波検査、黄疸を指摘され、その日に大学病院で胆汁を鼻から出す処置。その後、CT検査の画像から「膵臓がんの疑い」を告げられる(続きは下記「病歴詳細」で)。
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最初にお読みください

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おススメ書籍の使い方 | がんケアネット

以下の文章には、「末期」・「死」などが含まれている場合があります。

おススメポイント

今、闘病している方こそ読んでほしい

膵臓がんと診断された著者。「抗がん剤別の副作用」「味覚障害でも食べられたもの」といった具体的な事柄を詳細に語る。さらに、患者としての悩みが共通化されていない、がんを神格化してはいけない、など闘病中に調べた、経験したことを踏まえた示唆に富む内容もある。

NHKディレクターという仕事柄もあると思うが、自ら調べたことが本書に反映されている。

膵臓がんの患者だけでなく多くの方にオススメしたい、必読書だと思う。

特に、「II 直面―患者の声は届いているか」の「2.毒と副作用を引き受ける。」「3.何を食べたらいいのか」では、自らの抗がん剤の副作用、手術や抗がん剤で食べられなくなったことや食べられたもの、参考になったものが詳細に書かれている。

本書は、2018年2月から11月の間に書かれた。あとがきの日付は11月4日。

病歴詳細

膵臓がんの手術をできる医師は限られており、主治医を探す。医師が決まり、2016年6月1日に入院し、6月13日に膵頭十二指腸切除手術。8月から6週間、化学療法を行った。

2017年2月はCT検査異常なしだったが、5月のCT検査で肝臓への転移が見つかる。再度の化学療法開始。12月に肝臓の転移巣の切除手術。2018年2月:PET検査で新たな転移が見つかる。2018年11月逝去。

このような方、このような時に

  • 今、闘病中で副作用に悩んでいる方
  • 副作用で食べるものが少なくなった方

一部抜粋

以下、下線は私自身によるものです。

手術後に時間があると考えたのは間違い

腹痛と下痢の連続は、本どころか新聞すら読む気力を失わせた。手術前に知りたいとか調べたいとか思っていたことは、すっかりどこかへ行ってしまった。外来に出かけるときも、下痢がいつ来るかわからないので、紙おむつを履いて出かけた。

外来診察中も、いつお腹が痛くなるかわからない。そんな状態で「先生がインフォームドコンセントでおっしゃったランセットのことですけど…」などと教えを乞う余裕も気力もあるはずがなかった

p36-

「何を食べたらいのか」「何が食べられるのか」探す日々

二〇一六年六月の膵頭十二指腸切除の後、お腹中の内臓をあちこちつないでいるためか、食べると食物の通る動きで激しい腹痛がした。そこで、食べる前に痛み止めを飲むことにしたが、そのことでますますお腹が荒れてしまったのか、食べられない

I章で書いたような腸に直接管を入れて高栄養液を流し込む「腸瘻」が始まると、それが消化されずにそのまま出てくるような下痢。腸瘻の管が外れて口から食べられるようになっても、下痢をしそうで食べられない

続く補助化学療法の抗がん剤副作用。お腹に膨満感、やがて下痢。口に甘い感覚が残ったり、急に「もやし」に薬品臭さを感じたり、ヨモギ団子が苦くて食べられなかったり、という味覚障害がやってきた。ご飯もまずい、水すらまずい。ついに体重が三八キロになり、脱水症状の疑いありとのことで緊急入院となった。

「何を食べればいいのか」「何だったら食べられるのか」がわからないという、想定外の大ピンチであった。

しかし、これは私に限ったことではない。膵臓がん患者だけでなく、がん患者にとって、「食べること」はとてつもなく大きな課題である。がんそのものの疼痛、手術後の後遺症、抗がん剤や放射線治療の副作用。体力を落としたくない、痩せたくないと願いながら、実際には「食べられない」という苦しみが日々患者を苛む。

多くの患者が「食欲不振」「体重低下」「栄養」の危機にさらされており、それが治療の妨げになったり、生命予後に大きく影響したりする。

引用:p91-

食べられない、という「患者の声」

1.「食べられない自分」を受け入れられない

高校時代は一日五食食べていた。家での朝食、二時限後の早弁、昼の購買部のパン、部活後の買い食い、家での夕食。大学生になっても社会人になってからも、そう体質は変わらない。

テレビの仕事は基本的に肉体労働で、ディレクターは10キロの三脚をかつぐ。中継のときはいケーブルを体にぐるぐる巻きつけて走り回る。時間は不規則。食べられるときに思いきりがっつり食べる。

でもそれは義務ではなく、自然なこと。そしておいしいものを見つけては食べる、家族にも食べてもらうという生活はプライベートの最大の喜びの一つだった。

食べるのが好きで、太る心配ばかりしていたから、自分の人生に「食べられない」「痩せるばかり」という事態が訪れるとは、本当に、夢にも思っていなかった。おおげさに言えば「アイデンティテ -の崩壊」。私の生きる力はどこへいってしまったのかと落ち込んだ。  

2.ざっくりした栄養指導 ―― ディテイルがわからない

手術や、化学療法スタート時の退院指導のなかには、当然「栄養相談」も用意されていた。その内容は、

・食べられないときは食べたいときに食べたいものを少しずつ
・主食、主菜、副菜をバランスよく
・特にたんぱく質は毎食摂る
・どうしても食べられないときは、高栄養ドリンクが処方できる

というものである。

しかし、これで実際家に帰って下痢や食欲不振、便秘や味覚障害に襲われ始めると、このようなざっくりした指導はほとんど役に立たなかった。普通の食事と栄養ドリンクの間のことが知りたい。その具体的工夫のディテイルが知りたいのである。

(中略)

3.蔓延する食餌療法情報

「○○を食べればがんが治る」「○○はがんのエサ、絶対食べるな」「免疫力を上げるのは○○」式の情報は、ネット上にも活字にも、患者同士の情報交換にもあふれかえっており、これらをまったく意識しないでいることは非常にむずかしい。

(中略)

こうした迷宮に入り込んで、日々試行錯誤を繰り返していた私が、最も救われたのは一冊のレシピ集だった。静岡県立静岡がんセンターと日本大学短期大学部食物栄養学科が編集した「抗がん剤・放射線治療と食事のくふう」(女子栄養大学出版部)である。

このレシピ集は帯に「静岡がんセンターの患者さんに喜ばれたメニューを紹介」とあるように、患者の「こうすれば食べられる」という声を基に、看護師や栄養士が考案したメニュー集で、「食欲不振」「便秘」「下痢」「味覚の変化」「口内炎・乾燥」といった、化学療法や放射線治療の副作用の症状別に、対処メニューが示されていた。

私は、副作用が強くなるたびこの本を隅から隅まで熟読して、何を食べるか考えた。便秘が続いた三日後に下痢、その間味覚障害は継続、などというときには、対処法が二律背反でこれまた迷うこともあったが、何よりメニューのディテイルとその根拠が書かれていることがとても助けになった。

私が知りたかった「消化のいい卵の食べ方」についても「半熟卵が最も消化がよい」としっかり書いてあった。さらに嬉しかったのは、このレシピ集が「オシャレになりすぎない」「患者自身がつくれるように調理はできるだけ手間をかけない」「市販品もうまく利用」という考え方が貫かれていたことである。

引用:p94-

死の受容の嘘っぽさ

だが、私は、私の友人や私の父の死を振り返り、そして、自分がこのような死を間近にした病状を迎えている今、死は別に受容しなくてもいいのではないかと思っている。

受け入れることができる人もいるかもしれない、でも、受け入れる人がいなくてもいいのではないか。私はまだ受け入れているとは言い難い、いや、最後まで受け入れるという気持ちになるとはとても思えない。

受け入れなければ穏やかになれないというものでもない。死はそこにある。そして、思わないでいいと、考えなくていいと言われても、考えてしまい、思ってしまう存在なのだと思う。

だからこそ、怖くて、考えたくなくて、消えてほしい、その存在が消えてほしい。

けれども、そこにあるまま、そして、受け入れることができないまま、それでもいいのではないかと思って、最後まで生きるしかないのではないだろうか

当たり前のことだけれど、人は死ぬまで生き続ける、だから、死を受け入れてから死ぬのではなくて、ただ死ぬまで生きればいいんだと思う

p217-218

この書籍の目次

はじめに

序 治療 ― 突然がん患者になった私

1.ジェットコースターの始まり
2.「頭が真っ白」にはならず
3. 転院の決断
4.主治医との出会い
5.手術はゴールではない。

Ⅰ 学ぶ ― 患者としての好奇心

1.主治医によるインフォームドコンセント
2.医療の進歩を実感する
3.新薬と「勇敢な患者」
4.「集学的治療」とアポロ13

II 直面 ― 患者の声は届いているか

1.抗がん剤への恐怖と感謝
2.毒と副作用を引き受ける
3.何を食べたらいいのか――食べることは生きること
4.「転移」の中で思い出した三つの物語
5.”隠喩としての病”にたじろがないために
6.がん患者の「心を支える」仕組みとは
7.「相談の場」と「治療の場」

III いのち ― ずっと考えてきたこと

1.遺伝子検査を受けて突きつけられたこと
2.爆走する検査技術
コラム 命に序列をつけることへの誘惑
3.いのちの尊さとは何だろうか。

Ⅳ 今 ー 生きてきたように闘病する

1.再手術にチャレンジする
2.最後の「異任地異動」
3.死の受容の嘘っぽさ

生きるための言葉を探して ― あとがきにかえて

付 透き通ってゆく卵

多くのがん闘病本人や家族の方に本書を読んでいただきたい