精緻な闘病記録、だが死への恐れは率直に吐露
基本データ
ニュートリノ観測でノーベル物理学賞は確実といわれながら、がんで世を去った戸塚洋二氏。
本書は戸塚氏が余命を宣告された後、ひそかに匿名でつづっていたブログを編集したものである。がんとの闘病のみならず、人生論、科学論、医学論、教育論、宗教論と、さまざまな分野に筆が及んでおり、どのテーマであってもシャープな切り口で綴られている。その一方で、庭や公園で花を愛でつつ病から気をそらせている心境も書かれる。
巻末には立花隆氏との対談を収録。この対談が掲載された2008年8月号の発売日に、戸塚氏は世を去った。
逝去の直前まで明晰さを保った科学者による感動の手記。
Amazonから
書名 | がんと闘った科学者の記録 |
著者 | 戸塚洋二(著) 立花隆(編) |
出版社 | 新潮社; 文庫版 |
発売日 | 2011年6月10日 |
- 患者氏名:戸塚洋二(1942年頃生まれ)
- 種類:大腸がん
- 発症年齢:58歳頃
- 病歴概要:***
- タグ・ジャンル
最初にお読みください
このサイトの書評を初めて読む方は、「おススメ書籍の使い方」をまず一読ください。
おススメ書籍の使い方 | がんケアネット以下の文章には、「末期」・「死」などが含まれている場合があります。
おススメポイント
物理学者による闘病記録、立花氏との対談、垣添氏の解説
物理学者である戸塚洋二氏が匿名で書いていた膨大なブログ。これを立花隆氏ががんに関することや人生論などを選び、まとめたもの。
闘病記というよりも闘病記録である。闘病記録の後に、立花氏との対談、自らの治療履歴、解説が元国立癌センター総長の垣添忠生氏によるもの、という構成となっている。
科学者としてがんを見つめる姿勢、死を見つめる姿勢など、極めて興味深い内容となっている。特に亡くなる1カ月前の2008年6月11日から21日までに7回にわたって書かれた「大腸がん治療経過 ある大腸がんの報告」は是非、一読いただきたい。
このような方、このような時に
- アカデミックよりの闘病記を読みたい方
- 最後まで客観的に自分を見つめたがんの記録を見たい
一部抜粋
以下、下線は私自身によるものです。
患者の体験談を集めたデータベースが必要だ
われわれにとって本当に必要なのは、しっかりと整理され検索が体系的にできる「患者さんの体験」なのです。
(中略)
そのように整理された体験談があれば、検索によってその記録を見つけ、私にとって大変参考になる情報なら「自己責任」でもってそれを利用すればよいのです。
検索の方法としては、例えば、大腸がん→初診 stage →年齢→性別→手術→再発→再々発→抗がん剤治療→5-FU→オキサリプラチン+イリノテカン→アバスチン→経過年数等と、順々に奥に入っていき、自分と似た境遇にある人にたどり着きます。そして、その体験談を開いて上にあげたような質問に対する答えがあるかどうか調べるのです。
もし参考になる情報があるが、記録が不完全でもう少し情報を知りたいときなどには、個人情報を保護するため、第三者機関を通して「電話やメール」で連絡が取れる体制になっていれば最高だと思います。
このためには、どうしてもがん患者が記録を残さなくてはなりません。
(中略)
第三者機関が記録をつけやすいフォーマットを考えて、患者さんにノートを配布すればよいと思います。それを電子媒体にするのは第三者機関の仕事になります。
引用:p157-158
「恐れ」に対する心構え
私ももちろん「今後の事も恐れるばかり」の時期があり、今も無論あります。この「恐れ」に自分なりの対処をすることに必死になって努力しています。
まず、根底にある考えは、「恥ずかしい死に方をしたくない」が出発点でした。弱い人間ですから、やることは簡単です(難しいですが)。
1.「恐れ」の考えを徹底的に避ける。ちょっとでも恐れが浮かんだら他の考えに強制的に変える。
2.「自己の死」の考えが浮かんだら他の考えに強制的に変える。死は自分だけに来るのではない。すべての人間にくる。年齢にもよるが、死の訪れは、高々10~20年の差だ。その間の世界がどうしても生きて見なければならない価値があるとは思わない。
3.自分が「がん」になった理由はすべて自分にある(私の場合は)。自分以外を決して恨まない。
4.まだできなくて困っていることが一つ。妻につい愚痴を言ってしまい、彼女を精神的に追い詰めてしまう。これを克服しなければ。
以上です。あとは、各項目について具体的に何をするか、です。
実は私にとってこれらの具体的行動は修行の一種です(ちょっと非科学的臭いがしますが)。人によってやるべきことはまったく違うと思います。後日から細々と書きたいのは、私の個人的アクションです。ご参考になるかどうか。
引用:p347-348
平気で生きる
(以下、立花隆氏との対談で)
戸塚
いやあ、これ以上はアイデアが思い浮かばないですね。私は、皆さんに心配されて、「一日一日を充実してお過ごしください」と言われるのが、一番困るんですよ。そんなことできるわけない(笑)。言われると、何か新しいことをやらなきゃいけないと思ってしまう。でも、どうしようもないんですね。むしろ、「いままで通りでいってください」と言ってもらったほうが楽なんですけどねえ。
死を前にした正岡子規が、こんなことを言っているんですよ。「(自分は悟りをこれまで誤解していたが)悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」。
とても有名な言葉のようですが、最近まで私は知りませんでした。平気な顔をして死ぬのもすごいことですが、「平気で生きている」ということもすごい。でも、結局それしかないのかなと思います。
引用:p432-433
この書籍の目次
序文 立花隆
The First Three-Months(2007年8月4日~2007年10月31日)
The Second Three-Months(2007年11月3日~2008年2月8日)
The Third Three-Months(2008年2月9日~2008年4月29日)
The Fourth Three-Months(2008年5月3日~2008年7月2日)
対談「がん宣告『余命十九ヶ月』の記録」
巻末註
略年表
解説 垣添忠生