一度、読んでください。自分の苦しみが小さく見えます
基本データ
重い腎臓病を抱え、命懸けで将棋を指す弟子のために、師匠は彼のパンツをも洗った。弟子の名前は村山聖(さとし)。享年29。将棋界の最高峰A級に在籍したままの逝去だった。
名人への夢半ばで倒れた“怪童”の一生を、師弟愛、家族愛、ライバルたちとの友情を通して描く感動ノンフィクション。
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書名 | 聖の青春 |
著者 | 大崎善生 |
出版社 | 講談社; 文庫版 |
発売日 | 2002年5月7日 |
- 患者氏名:村山聖(1969年頃生まれ)
- 種類:膀胱がん
- 発症年齢:27歳頃
- 病歴概要:5歳の時にネフローゼとなる。小学校に通っていたが入院し、結果的に養護学校で生活。入院中に将棋を知る。中学2年の頃に奨励会に入る。約3年後にプロデビュー。1997年、27歳頃に膀胱がんが見つかり、1998年4月に再発・転移。8月8日に死去。
- タグ・ジャンル
参考
最初にお読みください
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おススメ書籍の使い方 | がんケアネット以下の文章には、「末期」・「死」などが含まれている場合があります。
おススメポイント
将棋の妨げだからやらない、抗がん剤や放射線治療、痛み止めも
将棋の名人にあと少しというところで癌に倒れた村山聖。幼少期から病気に悩み、最後は膀胱癌で29歳にして逝った。
5歳にしてネフローゼとなり、看護学校で小学生生活を過ごす。その頃に将棋と出会い、高校には行かずにプロとなる。勝負の後は、高熱の症状が出るなど、病が常にすぐそばにいた彼の人生。名人になるには、谷川棋士を倒すには、どれも時間がない。
27歳の時に膀胱がんと診断。抗がん剤や放射線治療、さらには痛み止めの服用も将棋の妨げになるとして拒否。文字通り歯を食いしばって熱や痛みに耐え、最後まで将棋を軸とした生活だったが、28歳で逝去。
村山聖の幼少期から最後まで、癌を凌駕した生き方、将棋のために生きた彼の生涯を、ノンフィクション作家大崎善生が描く。
彼の生き方には頭が下がる。ある程度の年齢になって癌になるのではなく、常に病気と隣り合わせであり、そして夢、目標がまじかにありながら彼は癌となった。生易しい生き方ではない。
癌を凌駕した人とは彼のことを言うのだろう。
このような方、このような時に
- 一つのことだけに夢中になった男の人生を知りたい
- がんなど自分の人生の妨げでしかないと考えた技士の生き方を知りたい
一部抜粋
以下、下線は私自身によるものです。
将棋のためにトイレへ行く体力すらも温存
休息と決めた時には自分の近く尿瓶を用意してそこに用を足した。トイレに立つための体力すらも温存したかったからである。
ネフローゼを完全に飼いならそうと聖は必死の努力を重ね、その努力は着実に実を結ぼうとしていた。それもこれも将棋のため。将棋を学び、強くなることと病気を封じ込めることは、聖の体の中で何の矛盾もなく一致した。
引用:p67
一年の重みが他の人とは違う
1年、と大人は簡単に言う。しかし、同じ1年でも意味が違う。自分には分かっている。時間が無いということが、健康な人間たちとは与えられている時間の絶対数が自分には不足しているということが。もしかしたら、生きてさえいられないかもしれない気の遠くなるような1年。
引用:p84
病を持つことの底知れぬ強さ
物心がついた時から、付きまとい続けた死の影や、実際に日常として体験してきた子供たちの死が、健康に生きてきた人間には持ちようのない底知れない強さを生み出していた。
引用:p128
将棋だけの生活だがネフローゼはつきまとう
村山の闘いは盤上だけのことではなかった。持病ネフローゼとの果てることのない戦いでもある。奨励会で負けた後は必ずと言っていいほど体調を崩した。熱が出ててきめんに体がだるくなる。
そんな時、村山は部屋に引きこもった。布団にくるまり、ただひたすら体を休める。尿瓶の代わりのペットボトルを近くに置き、用はそこで済ませる。起き上がって、トイレに行く体力すら温存しなければならないのだ。本も読まない、詰め将棋も解かない、出来る限り何も考えない、音楽も聞かない。カーテンを閉め切って、部屋を可能な限り暗くしてただじっと体力が回復し、蓄積していく時を待ち続ける。
2日で終わることもあるし、そんな状態が1週間近く続くこともあった。水道の栓を緩めて、洗面器に貼った水に水滴がぽたぽたと滴るようにしておく。ぽたっ、ポタっと闇の中に響くかすかな音、それが無ければ自分が生きているかどうかさえ分からなくなってしまうからだ。
引用:p140-
神様除去
<神様のすることは僕には予測できないことだらけだ>という言葉はこれまでの、そしてこれから先の村山の人生を思うと胸を打つ。
<願うことは、これから僕の思い描いた絵の通りに現実が進んでいくことだ>と文章は続く。この時点でいったい村山はどんな絵を描いていたのだろうか。
この年の将棋年間で、棋士全員に送るアンケートの項目の中に「神様が一つだけ願いをかなえてくれるとしたら何を望みますか」というものがあった。
それに対して、村山はたった4文字でこう答えている。
「神様除去」
それは、何とも美しくも悲しい問答であった。”
引用:p284-285
僕は癌と自分自身の力で闘います
村山の決断は明快だった。
「抗がん剤にしろ放射線にしろ、根本的ではなく延命的な治療は自分には必要がない」というのである。
そして「頭と将棋に悪影響を及ぼ可能性があることもやめてほしい」とつづけた。
「僕は癌と自分自身の力で闘います」という村山の言葉には力がみなぎっていた。医者もその村山の言葉に秘められた勇気と決意に動かされた。「そのファイトがあれば癌も逃げていくかもしれない」と言った。
「もし再発したら、その時にまた考えればいい」と村山は言った。
引用:p345
この書籍の目次
プロローグ
第一章 折れない翼
発病
不思議なゲーム
腕だめし
親族会議
第二章 心の風景
師匠
奇妙な生活
奨励会
前田アパート
終盤伝説
第三章 彼の見ている海
デビュー
天才と怪童
一夜の奇跡
殴り合い
初挑戦
第四章 夢の隣に
自立のとき
よみがえる悪夢
強行退院
ライバルと友情と
第五章 魂の棋譜
帰郷
手術
鬼手
宇宙以前へ
エピローグ
村山聖 熱戦譜
公式戦全記録
聖のこと 村山伸一