公開日:2022年7月25日 | 最終更新日:2023年12月19日

患者と寄り添うには。伴侶や家族など、大切な人が患者の方へ

基本データ

生と死のはざまで、「生きること」の意味を考える。2000人以上の末期がん患者と触れ合い、自らもがんを患った緩和ケア医が語る、心揺さぶる物語の数々。

「太陽の光あふれる戸外では映画のスクリーンがよく見えないように、明るい生を生きている人には、いのちの姿はぼやけて見えません。生と死のはざまで、「生きること」の意味を考える。

2000人以上の末期がん患者と触れ合い、自らもがんを患った緩和ケア医が語る、心揺さぶる物語の数々。

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書名緩和ケア医が見つめた「いのち」の物語
著者堀泰祐
出版社飛鳥新社
発売日2015年3月24日
  • 患者氏名:堀泰祐(1951年頃生まれ)
  • 種類:胃がん
  • 発症年齢:57歳頃
  • 病歴概要:20年近く胃の検査は行っていなかった。2008年8月下旬:食欲不振、タール便。自覚症状から、胃カメラ検査を行う。生検の結果、胃がんであることが判明。
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最初にお読みください

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おススメ書籍の使い方 | がんケアネット

以下の文章には、「末期」・「死」などが含まれている場合があります。

おススメポイント

緩和ケア医の胃がん闘病記。闘病体験と緩和ケア医としての経験が、様々な角度で言葉を紡ぐ

胃がんで全摘手術、化学療法を経験した医師。第一章、第二章で、自らの体験談を簡単にまとめてある。患者になったことで、医師としての知識と患者としての経験との落差を身をもって感じる。

本著の最大の特徴は、第三章以降、がん患者としての自らの経験、緩和ケア医として多くの人々を診てきた医師としての経験の2つの軸で、様々な角度で語られていることだ。

全体的には、さっと読めるが、終末期の人の心や生き方の実例が多く、かなり付箋を貼った。

こんな方へ

  • 家族や身内に患者がいる方
  • どのようにがん患者と接すればいいか知りたい
  • 胃がんの方

一部抜粋

以下の文章には、「末期」・「死」などが含まれている場合があります。

死を考えなかった人にとって、死を考えることは太陽をじっと見ることと同じように難しい

太陽も死もじっと見つめることはできない」という有名な言葉が、ラ・ロシュフコー(1613~1680)の箴言集のなかにあります。

健康に恵まれて良い仕事につき、幸せな家庭で過ごしている人は、死を考えることはまずないでしょう。そのような人にとって、「死を見つめる」ということは、太陽をじっと見つめるように、難しいことに違いありません。

引用:p1-

確率が2割でも5割でも、不安であることに変わりはないと、患者になってわかった

早期だろうと思っていたのが、そうではないとわかって、やはりショックを受けました。自分では冷静に受け止めたつもりでいたのですが、あとで、妻からずいぶん落ち込んでいたのがわかったといわれました。

かつて、私と同様の患者に「五人のうち四人は助かるのだから、良かったと思いなさい」と、無責任な言葉がけをしていたことを、恥ずかしく思いました。例えてみれば、五発の弾倉に一発の実弾を込めた拳銃でのロシアンルーレットと同じ状況です。誰も参加したくはありません。

再発すれば、オール・オア・ナッシングで、確率の問題ではないのです。再発率が二割でも、五割でも、患者として感じる不安に変わりはありません。私も医師ではなく不安を抱えた一人のがん患者になったと感じました。

引用:p34

「安易な励まし」

「もう私は治らないのですか」と患者さんから間かれることがあります。これに対しで「そんなことは言わないで、がんばりなさい」ということは容易です。「がんばりなさい」という正論に対して、反論できないので、それで対話は途切れてしまいます。このような対応を「安易な励まし」と呼んでいます。

がん患者は診断されて以来、つらい抗がん剤治療に耐え、病気の進行を告げられ、闘病の経過のなかで一生懸命にがんばってきたはずです。「もうこれ以上がんばれない、もうだめなのではないか」という不安な気持ちのなかにいるのです。その心細い不安な気持ちをわかってほしいと思っています。がんばれといわれたら、まだ努力が足りないというのか、今までのがんばりは何だったのかという気持ちになります。

私も手術後に、多くの「安易な励まし」を経験しました。決して悪意からいっているわけではないことはよくわかりますが、気持ちを逆なでするのです。

術後、体重が激減したときに、「スマートになってよかったね」といわれました。こちらは食べられなくて、下痢をして苦しんでいるのに、いい気なものだと感じました。「一病息災ですよ」という言葉にも違和感がありました。いわれなくても、体調には人一倍気をつけなければならないことは、十分に承知しています。できれば、がんになどなりたくはなかったのです。

患者としては、不安な気持ちやつらい症状をわかってもらいたいと思いました。体重がどんどん減っているときには、「食べられないのは、つらいよね」と声をかけられると、気持ちが和らぎました。

不安な気持ちを抱えつらい状況にいる人には、気持ちに寄り添う人の存在と共感の言葉が必要です。心に寄り添う言葉が、癒しになるのです。

引用:p48-49

深い苦しみを持つ人には、励ましやアドバイスではなく、共感すること

私の場合、手術後にがんが早期ではないことがわかったときに、大きな失望を味わいました。再発して治らないことがわかった患者さんとは比較にならないのですが、それでも、心が暗闇に閉ざされたように感じた時期がありました。「治る可能性のほうが高いのだから、くよくよせず前向きに考えよう」という言葉より、「結果は本当に残念でしたね」といわれるほうが心に響きました。

深い苦しみのなかにいる人は、「私の苦しみをわかってほしい」という叫びをあげています。励ましやアドバイスではなく、理解されることを切望しているのです。そのためには、その人の言葉に耳を傾けることが必要です。心のケアには「傾聴」が一番大切といわれるゆえんです。傾聴によってのみ、その人の気持ち、苦しみが理解できるからです。

引用:p144

緩和医しての経験談:トイレだけは自分で ー 自尊心を守るということ

入院後も、自分でトイレに行くことにこだわりました。病院のトイレは室内にあり、バリアフリーなので、ご主人やお嫁さん、看護師の肩を借りれば、自分で行くことが可能でした。さらに体力が落ちると、看護師とご主人の二人がかりでトイレに連れて行きました。トイレだけでも大仕事で、息も絶え絶えになりました。それでも、ポータブルトイレにするのはいやがりました。

ハルコさんの気持ちを家族やスタッフは理解していました。誰も決してオムツにしようとか、尿の管を入れようとかいう提案はしませんでした。一晩に何回もトイレに行くので、家族も疲れ果てていましたが、介助を続けました。

病状がさらに悪化して、ようやくオムツを受け入れましたが、決して家族には世話をさせませんでした。家族を部屋から出し、看護師が手際よく素早く仕事することを求めました。オムツをするようになってから、数日で亡くなりました。

トイレに自分で行くこと、家族に下の世話をさせないということが、ハルコさんが最期まで大切にした自尊心を守りました。

自尊心を守るということも、霊的ケア(スピリチュアル・ケア)の基本の一つなのです。

引用:p132-133

ケアの本質は「Not doing, but being」 ー 何もしなくていい、そばにいるだけでいい

患者さんに付き添っているご家族から、「そばにはいるのですが、何をしてあげたらよいのか、わかりません」という言葉を聞くことがよくあります。病院では、身体をきれいにしたり、食事を介助したりなど、身のまわりの世話は医療者が行ってしまうので、家族の役割がわからなくなるのだと思います。

日常の社会では、どれだけ仕事をしたか、家事をがんばったか、試験で良い点を取ったかなど、何をしたかが評価されます。ご家族は、患者さんに付き添うだけでは意味がないと思ってしまうのかもしれません。

私は手術を受けたあとの数日間、動くと痛みもあり、心細い夜を過ごしました。そのあいだ、妻がそばにいてくれるだけで安心できました。特別に何かをしてくれたわけではありません。横で眠っているだけで、何げない会話を交わすだけで良かったのです。

元気で普通に生活できたときには、一人でいても平気でした。自分が病気になってはじめて、誰もいない暗い部屋で、一人ベッドに寝ている患者さんの不安が理解できました。

「Care」を英和辞典で引くと、「気にかけること」という意味が最初に出てきます。必ずしも、何かをすることではありません。何もしなくても、その人のことを気にかけ、見守るということがケアの要点です。

ケアの本質は「Not doing, but being」といわれます。心と身体が傷ついている人にもっとも必要なことは、そこに「居ること (being)」です。話に耳を傾けたり、手をそっと握ったり、何かできれば(doing)、もっと良いでしょう。しかし、その人をいつも気にかけている気持ちが大切なのです。

私は患者さんのご家族に「何もしなくてよいのです。そばにいるだけで十分です。それだけで者さんは安心されますから」と、いつも伝えています。

治癒不可能な病に直面している患者さんの抱える深刻な悩みに、神ならぬ人間の身では、根本的な解決を与えることはできません。悩みを解決することができないのはつらいことですが、そばにとどまり続けることがケアになるのです。

引用:p185-186

この書籍の目次

はじめに

第1章 緩和ケア医、がん患者になる

第2章 がんが教えてくれたこと
(ここまで胃がんの闘病記)

第3章 家族のきずなの物語
(著者が医師として関ってきた事例)

第4章 備えること、生きること
(事前指示書や生存葬など、終末期の人々の生き方を紹介)

第5章 痛みの意味
(心の痛み、身体の痛みについて)

第6章 もてなしの緩和ケア
(著者の緩和病ケア患者の経験、実例)

第7章 がんと心

がん治療と心のケア

あとがき

患者と寄り添うには。緩和ケア医が胃がんになって改めて思ったこと