伴侶や家族など、大切な人が患者の方は是非、一読を。大切な人を失ったとき、人はどうなるかを前もって知っておくために
基本データ
駆け落ちまでした恋女房と40年、やっとのんびりできると思った定年間近。リンゴの種ほどの影が妻を襲う。
がんは猛烈な勢いで命を奪っていった。がんの専門医でありながら最愛の人を救えなかった無力感と喪失感―著者は酒に溺れ、うつ状態に陥り、ついには自死まで考えるようになる。
その絶望の淵から医師はいかにして立ち直ったのか、心の軌跡を赤裸々に綴った慟哭と再生の体験記。
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書名 | 妻を看取る日: 国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録 |
著者 | 垣添忠生(患者の夫) |
出版社 | 新潮社; 文庫版 |
発売日 | 2012年4月27日 |
- 患者氏名:垣添昭子(1929年頃生まれ)
- 種類:肺腺がん
- 発症年齢:77歳頃
- 自覚症状:過去に肺の腺がん、甲状腺がんを経験した著者の妻は2006年春、右肺に小さな腫瘍が見つかった。左肺を切除していた妻は陽子線治療を行ったが、2007年2月に転移が見つかった。化学療法や放射線治療を行うが、10月には全身に転移となったため入院。12月に入り、最後の日々を迎える。
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最初にお読みください
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おススメ書籍の使い方 | がんケアネット以下の文章には、「末期」・「死」などが含まれている場合があります。
おススメポイント
妻の死、著者の喪失感。酒におぼれ、自死まで考えた
国立がん研究センター名誉総長で、長年がん治療に関わってきた著者。彼の妻が、全身にがんが転移し、亡くなった。
妻の最期を看取った著者は、一時は酒におぼれ、自死まで考えた。絶望の淵から立ち上がり、再び一人で何とか歩み始めた著者の記録。率直に凄いなと思う。
妻の死後の心境や行動を赤裸々に
妻に先立たれた夫の孤独な歩み。極めて詳細に、心境から実際の行動、そしてどん底から立ち直るまでを赤裸々に語っている。妻や夫に関係なく、どんな方でも参考になると思う。
このことがきっかけで、著者はグリーフケアについて学び始めた。
このような方、このような時に
- 家族や身内に患者がいる方
- 家族の死後、どんな気持ちになるか
- 家族の死後、どのように生きるか
一部抜粋
下線は私自身によるものです。
化学療法を行ったのは、私のためだった
本当のところ、妻はもう抗がん剤の効果を信じていなかったのではないかと思う。やはり、全身への転移を知った時点で、妻は自分の命をあきらめていたように思えてならない。
それにもかかわらず化学療法を受け、激しい副作用に耐えたのは、結局は私のためだったのではないだろうか。何とか妻の命を救いたいと必死になっている私の期待に、全身で応えようとしてくれていたのだろう。
このときの妻の心の内を思うと、今でも胸が苦しくなる。
引用:p116-
妻の死後は、酒浸りの日々
医者の不養生と言われても仕方がない。妻を亡くした私の支えになったのは酒だった。
もともと酒には目がなかった。居間の棚にはワイン、ウィスキー、日本酒、焼酎などが大量に備蓄されている。私が買いためたものだ。
「お酒のことになると、どうしてそんなにいそいそとするのかしら」 妻によく言われたものである。
しかし、うつ状態になっていた私には、この酒がちっともうまくなかった。というより味がしない。ただ辛い気分を麻痺させるために杯を重ねた。
引用:p138
いくら話しかけても、妻はいない
入院中、消えゆく妻の命を見守る辛さは強烈なものだった。しかし、病床にあるとはいえ、妻は私の目の前にいた。手を触れれば温かく、言葉を交わすこともできた。それが、どんなに心の支えになってくれたことか。
「話がしたい」
「口をきいてくれ」心の中で、何度叫んだことだろう。もう永遠に声が聞こえない。話すこともできない。静寂に包まれた家の中に一人でじっと座っていると、背中からひしひしと寂しさが忍び寄ってきて、身をよじるほど苦しかった。
引用:p141
妻の死後から数ヶ月、気持ちの変化
特に最初の一ヶ月は、心理的な痛みだけではなく、叫び声を上げたくなるような肉体的な痛みも繰り返し感じた。また、半身を失ったような感覚に陥ることもあった。
地べたを這うような日々は、終わりが見えなかった。永遠に続くのではないかと絶望的になった日もある。
しかし、三ヶ月ほど経つと、わずかではあるが回復のきざしが見え始めた。悲しみが癒えることはない。だが、時間とともに和らいではいく。時の流れに身を任せればよいのだ。こう思えるようになったのだ。
いま振り返ってみると、私は最初の三ヶ月でどん底を脱し、以後、心の回復はおよそ三ヶ月ごとに変化を遂げていったように思う。
石の上にも三年。三日坊主。仏の顔も三度まで ― 昔の人は、よくいったものである。三という数字には、何か人間の生理に沿ったものがあるのかもしれない。
引用:p144
妻の死後、登山中に突然、ウサギが飛び出してきた
「あっ、妻だ!」
私はとっさに思った。妻が激励に出てきてくれたのだ。
この一瞬の出来事で私は再び気力を取り戻し、無事に登頂することができた。私の疲れがピークに達したちょうどそのときに、あんな形で姿を現すのは、妻の化身としか考えられなかった。頭の片隅では勝手な思い込みだとわかってはいるが、私は実際に励まされたのだ。
葬儀の弔辞で、しばしば「天国から見守ってください」という言葉を耳にする。これまで特に意識したことがなかったが、自分が妻を亡くしてみると、あの言葉はその通りなのだと思う。妻がどこか上のほうから私を見守ってくれている感覚が、確かにある。
こうして様々な場面で妻があらわれ、一体感を感じられたことは、私を精神的に癒してくれたし、気力を取り戻す大きなきっかけともなった。どんなに非科学的な話であっても、当事者には特別な意味を持っているのである。
引用:p175
この書籍の目次
プロローグ
第一章 妻との出会い
第二章 駆け落ち
第三章 妻の病
第四章 妻との対話
エピローグ
参考文献